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ジュリーが泣いた!沢田研二、41年で初ドーム80曲 

 沢田研二(60)の還暦記念コンサート「人間60年・ジュリー祭り」が3日、東京ドームで開催された。ザ・タイガース時代の曲をはじめ、計80曲を約6時間半にわたって熱唱。デビュー41年で初のドーム公演となり、自己最多となる約3万2000人を動員。「すごく気持ちいい」と感激し、泣きながら歌う場面もあった。

 ジュリーが泣いた。26曲目の「いくつかの場面」。80曲のうち唯一、ここで涙があふれた。本名澤田研二の素顔まで垣間見えた瞬間だった。

 75年に発売されたアルバムのタイトル曲。当時無名だった故河島英五さんが作詞、作曲した。

 ♪まぶたを閉じれば、数々の想(おも)い出が胸をあつくよぎる…。振り返ればアイドル時代、ソロ転向、事務所からの独立、離婚、再婚などを経て今がある。そんな“いくつかの場面”が脳裏をよぎったようだ。

 出会いと別れの60年だった。久しく会っていないタイガースのメンバー。河島さんだけでなく、ヒット曲の数々を提供してくれた阿久悠さんや安井かずみさんも亡くなった。どんな時も目の前にいるファンは支えてくれた。沢田は誰かを抱きしるポーズをしながら男泣きした。

 「僕は夢見る男ではありません。でもみなさんが夢の中に連れていってくれました。そしてまたきょう、夢の中に連れて行ってもらいました」

 上ずる声であいさつした。客席には妻で女優の田中裕子(53)や元タイガースの岸部一徳(61)と森本太郎(61)の姿も見られた。

 91年の25周年記念公演以降、往年のヒット曲を中心としたコンサートを封印してきた。現役にこだわり、過去を振り返ることを嫌ってきたためだ。一方でファンへ恩返ししたい気持ちも強く、今年6月25日の誕生日からスタートした全国ツアーで封印を解いた。京セラドーム大阪(11月29日)との2大ドーム公演の開催を発表してからは大好きな酒も断った。

 「40歳の時は60歳をジジイと思ってました。でも、そうではないんですね」と語っていたが、この言葉を証明するステージ。序盤から幅50メートルのステージを縦横無尽に駆けめぐった。トークは少なく、ほとんどぶっ通しで歌いきった。最後は「2008年12月3日、仏滅。私はこの日を忘れません」と一礼。ファンと一緒に関東1本締めで締めた。

12月4日7時4分配信 スポーツニッポン



ジュリーももう還暦ですか。
70年代は本当に大人気でした。
SMAPは5人で今くらいの人気ですけど
ジュリーは1人でSMAPくらいの人気がありましたからね。

これからも元気で頑張ってほしいものです。
[ 2008/12/04] テーマ : 芸能界のニュース | TB(0) | CM(0)| 編集]

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