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赤い運命 第1話「再会、それは悲劇のはじまり」 

昭和34年9月26日、紀伊半島に上陸した伊勢湾台風は多数の死者行方不明者を出し
各地に甚大な被害をもたらした。
その日、生後間もない子供を抱えた若き母親が、
嵐の中消息をたった。


17年後、東京地方裁判所では、検察官、吉野信人(宇津井健)が殺人、死体遺棄の
事件につき求刑を行っていた。
信人は嬰児を窒息死させ、遺棄したものの、被告人の心情も考慮に入れ
懲役三年の求刑をし、被告人を穏便に計らって欲しいと裁判官に申し出た。
弁護士で、幼なじみの弁護士山村美矢子(有馬稲子)はちょっと驚いた
表情を見せた。

信人は上司の東京地検の刑事部副部長上村拓也(池部良)に求刑より
判決が重かったらどうする、恥さらしだと言い、身勝手なやり口は
今回だけにしろと釘を刺された。


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信人は東京都世田谷区成城町352にある吉野家に帰宅した。
吉野家では元検察官の吉野剛造(志村喬)が叙勲を受賞し、そのためマスコミが
剛造を取材していた。
そこに信人が帰ってきたところ、週刊日本の木島(有川博)が信人に
剛造の受勲のコメントを求めてきた。
しかし、信人は気の利いたコメントをすることができず、木島は
がっかりした。
木島は剛造に庭で木刀を振っている吉野俊介(南條豊)のことを聞いた。
剛造は、俊介は孫で養子だと言った。
木島が剛造に信人には子供ができなかったのかと尋ねるが、
剛造は妻もいたし、子供もできたがあと3か月経つと完全に死んだことになると
言った。
信人の妻吉野世津子と娘吉野いづみは失踪者として失踪公示催告が出されていた。
17年前、伊勢湾台風のとき、失踪だった、いづみは剛造にとって初孫だった、
名古屋にある世津子の実家に世津子は帰っていたと言った。

木島は剛造に世津子の写真を借りたいと言ったが、剛造は写真は
一枚もない、公示催告するとき、思い出に繋がるものは信人が一切処分したと言った。
剛造はケープを編んでいる世津子の姿をはっきり覚えていると言った。
小鳥模様の入った、可愛いマントを覚えていると言った。


昭和51年のとある日、信人が車で移動中、養護施設「白百合園」
の火事に出くわした。
若杉京子(山口百恵)、青山圭子(秋野暢子)、園長(下川辰平)が
必死に園児たちを避難させていた。
信人も手助けを試みた。
園長は何かを思い出したように、燃えさかる建物の中に飛び込んでいった。
信人や若杉京子は、園長を止めようとあとを追いかけようとした。
信人は若杉京子を止めた。

園長は、金庫から青山圭子着衣在中と書かれた箱と若杉京子着衣在中と
書かれた箱、二つの箱を運びだし、逃げようとしたが途中炎に巻かれてしまった。
消防士が助けに入ってきて、園長を助けようとしたが、園長が
箱を・・・といったので、消防士は床に中身が散らばった箱の中身を
箱に収め、園長とともに脱出した。
しかし、箱の中身は拾い上げるときに入れ替わってしまった。
園長は大やけどを負ったが、下条君といい、下条秋子(木内みどり)に
声をかけ、箱が・・・といった。
下条は、園長に大丈夫、ここにありますよと言った。

子供たちには犠牲が出なかったが、園長は死んだ。
青山圭子が落ち込んでいると、若杉京子は元気を出してと励まし、
二人が協力して子供たちを支えて園長の遺志を継がなくてはと言った。


下条は箱の中身を確認し始めた。
青山圭子の箱の中に手紙が入っていた。

覚書
昭和36年3月18日、東京都台東区に居住せる、本橋市造氏より受託依頼あり。
同氏の申し立てによれば、当幼女は、名古屋市郊外に居住せる同氏母堂が、
34年伊勢湾台風の折、堤防決壊の現場付近において発見、保護したるものにて、
約1年半にわたり、孫を預かると称し、養育したるものの如し。
尚、当養女の氏名、親族の有無に関しては全く不明にして、
小鳥の模様入りケープのみが唯一の手掛かりなり。

もう一方の若杉京子の箱にも手紙が入っていた。

昭和36年4月9日、当園門前に遺棄されしものを発見、保護したるものなり。
生後2年と認めらるるも、氏名、身元に関しては全く不明。
着衣および水天宮の守り札のみが手掛かりなり。

そして、若杉京子の箱にはさらにこんな手紙も入っていた。

追記
昭和36年5月13日、島崎栄次なる者より来信あり。
調査の結果、当幼女の父親と判明す。
尚、島崎は現在、東京都足立区東都拘置所に殺人罪にて現在服役中である。

下条は驚いた。


吉野剛造の叙勲の記事が週刊日本に掲載された。
吉野俊介もその記事を見ていた。
そして俊介は剛造にふと思い出したように信人が白百合園の
火事に出くわした話しをした。
そして、大竹建設という会社が白百合園を建て直すという記事もそ
こに載っているのを俊介はみていた。


下条は大竹修三に援助のお礼を言いに大竹家を訪れていた。
修三は下条に女房の由美子が白百合園の理事をやっていたことから
何とかして欲しいと頼まれていたと説明した。
修三は出勤した。
下条は修三が置いていった週刊日本を手にとって目を通した。
下条は由美子にお読みになって欲しいといって週刊日本の記事をみせた。
吉野剛造の記事だった。
下条は小鳥の模様の付いたケープのことが気になっていた。
由美子もケープという言葉に少し動揺した。
下条は、由美子に白百合園にケープがあると言ったのだ。


下条は吉野家に赴いて、剛造と信人に小鳥の模様の入ったケープを
見てもらった。
信人は間違いない、妻が編んだものだと言った。
剛造と信人は、孫、娘のいづみが見つかったことを喜んだ。
信人は妻のことは何か・・・と聞くが、下条は残念そうに奥さんのことは
何も・・・と言った。
信人はがっかりした。


下条は圭子に父親が見つかったと言い、圭子は少し戸惑った。
京子はよかったわねと声をかけた。
圭子は信じられないと言った。


信人と俊介はいづみこと青山圭子を迎えに白百合園仮宿泊所と
なっている知行院に着いた。
若杉京子が信人を応対した。
信人は心待ちにしていた。
京子は信人に火事の時に助けてくれてありがとうとお礼を言った。
そこに、青山圭子がやってきた。
信人は、圭子にいづみよく生きていてくれたねと言った。

京子が一人物憂げに境内を歩いていると、俊介が京子を見初めた。
京子が俊介の視線に気づき、その場を去ると、門前に一人の男が
声をかけてきた。サングラスをしている柄の悪い島崎栄次(三國連太郎)だった。
栄次は娘を探しているといった。
京子が気味が悪くなってその場から逃げようとすると、栄次は京子を捕まえた。
そこに下条がやってきて、京子を助け、あなたどなたと尋ねた。
その男は、私は島崎栄次だと言った。
下条は愕然とした。
栄次は、15年前に白百合園に捨て子があったらしいが、女房が気に留めたらしく
手紙をくれたと説明した。
下条は京子に、中に入っていなさいと言うが、京子は、この人のいうことが
本当なら・・・といいかけると、栄次は本当だ、お守りが入っていたそうだと
説明した。
下条はお守りのことといい、あの手紙のことをすぐに思い出した。
京子は私に付けてあったお守りがあるのかと聞くと、下条は小さく頷いた。
京子は目の前にいる栄次が自分の父親であることを確信した。
15年前、引き取られて残っているのは私と圭子だけ、圭子のお父さんが
はっきりした以上・・・、と言いかけると、栄次は京子の手を引いて
すぐに帰ろうとした。
下条はとりあえず止めた。
下条は、あなたもしかしたらというと、栄次は俺はちゃんと
お勤めを終わらせたんだよ、17年間刑務所暮らしをと言った。
京子は刑務所・・・とつぶやいて、呆然とした。


圭子は吉野いづみとして、信人、俊介に引き取られ、京子は島崎栄次と
一緒に帰ることになった。
信人がふと京子の方に目をやると、見覚えのある男を見かけた。
信人は島崎栄次を知っていた。
京子は信人に軽く会釈をし、栄次と一緒に帰っていった。


いづみが吉野家に着くと、剛造は大喜びだった。
一方、京子は栄次とともに圭子と一緒に住んでいた第2大竹荘に戻ってきた。
栄次は、青山圭子、若杉京子と書かれた表札を外し、島崎栄次、
島崎直子と書き直しておけと言った。
直子は、とりあえずお茶を栄次に出そうとすると栄次は出所祝いにお茶だって?
と大声で言った。
直子が酒を買いに行こうとすると、栄次はいいんだよと言って、急に笑顔に
なった。栄次は直子にお金を要求し、直子がお金を渡そうとすると
栄次は財布ごと取り上げ、外に飲みに出てしまった。


信人は剛造に島崎栄次を見かけたことを報告した。
剛造が間違いないのかと問いただすと、信人は俊介の実の父親、磯村俊太郎
を殺した男だから、見間違えるわけがないと言った。


俊介は直子のいるアパート第2大竹荘に出向き、いづみの荷物を取りに来たと言った。
俊介が荷物を受け取って帰ろうとすると、栄次が帰ってきた。
栄次は俊介に因縁をふっかけ、さらに直子にはお金が足りなかったから
そいつにお金を渡してやってくれといい、板前らしき人に
勘定をさせた。


信人は家政婦のクニ(星美智子)にいづみのために
ベッドを見てくるように指示した。
信人はいづみの苦労がにじみ出ている手を見ながらこれからは
お前のためならどんなことでもすると言った。
いづみはお休みなさい、お父様と少し恥ずかしげに言った。
信人も少し感極まりながら、お休みといった。


信人とは幼なじみで弁護士でもある山村美矢子(有馬稲子)が吉野家を
訪れた。
美矢子は信人に世津子のこと、まだ忘れられないのでしょと
少し嫉妬ぎみに言った。
今だ行方不明の妻・世津子への想いを抱き続ける信人に美矢子は
自分の信人に対する想いを打ち明けるきっかけすら失っていた。


直子が定時制高校の錦堀高校へ行こうとすると、栄次は直子を殴り倒し、
女が学校へ行ってどうするんだ、学校へ行く暇があるなら働けと言った。
直子は3年B組であったが、退学届を担任教師の大和田(大石吾郎)に提出した。
大和田は直子に事情を話してくれというが、直子はなかなか切り出せないでいた。
そこに、信人と一緒に着飾ったいづみがやってきた。
直子といづみはそれぞれ、京子、圭子、と呼び合った。
いづみは父親の信人を大和田に紹介した。
いづみは直子に私立の青葉学園に転校するのと言った。
直子は一瞬表情が固まったが、すぐに明るい表情に戻った。
先生が一時退席するとき、直子に退学はもうしばらく考え直してみてくれ
と言い残したのを信人は見ていた。
信人は直子に学校を辞めるのかと聞くと、直子は頷いた。

直子は錦堀高校では野球部のマネージャーをやっており、ススム(山本伸吾)たち
になぜ辞めるのかと残念がられた。
直子はピッチャーのジュン(伊藤透)に、肩冷やしたらダメよと言い残し、
直子は挨拶を済ませ、学校をあとにした。
ジュンが京子、と声をかけると、直子は私はもう若杉京子じゃない、
島崎直子というのよと言った。


いづみは吉野家に引き取られてからは至れり尽くせりで
幸せな生活を送り始めていた。
一方、直子は酒浸りで働きもしない栄次の面倒をみるばかりであり
二人は対称的な人生を歩み始めていた。

直子は栄次に出歩くのもいいけど、気をつけて、お父さんはまだ
今の世の中慣れていないのだから、というと、栄次はお父さんだって?
といって、初めてお父さんと言ってくれたねといい、
またふて寝した。
直子は栄次の着ていた黒ジャンパーをハンガーに掛けようとすると
袖口に血が付いていることに気づいた。
直子は、不審に思ったが、血を洗い流した。


検察事務官の尾崎(犬塚弘)から信人に電話があり、殺人事件が
発生したと報告があった。
上村副部長の指示により、その事件の担当は信人になりましたと
尾崎は、伝えた。
[ 2011/06/02] テーマ : テレビドラマ | TB(0) | CM(0)| 編集]

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