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東山紀之(42)の連載は、ジャニー喜多川(77)をどう語るのか 

「自分自身の人生と生き方を再確認、再発見するために、この連載を始めることにしました。僕の『生き方』をどのように感じていただけるか楽しみです」(2008年12月21日更新「アサヒ・コム」)

東山紀之が、『週刊朝日』(2009年1月2ー9日号)からスタートした新連載コラムで、自らの波乱の生い立ちを赤裸々に告白して話題になっている。タイトルは「これまでと、これからと」。

同編集部は、起用理由を「歌も踊りも演技も完ぺきで、芸能界のアスリートというイメージがある今の東山さんがどう形成されてきたのか。とても興味深い」としている(同上)

それに応えて、第1回は苦労した生い立ちと隠していた苦悩が語られている。ひとつは、足のヤケドである。ロシア人の血を引く祖父が大酒飲みで、昼間、理容師の母が仕事に出ている問に酔って暴れ、ポットをひっくり返して熱湯が東山の足にかかったという。そのヤケドが原因で彼の左足は変形した。

東山の母は酒乱の血統を心配し、彼には「大人になってもお酒を飲んじゃいけないよ」と幼いころから口酸っぱく言い続けてきた。「おかげで僕は酒を飲んでも深酔いすることなく、大人になったら酔っ払いを介抱する側になった」という。

借金取りに追われて逃げていた過去もエピソード付きで書かれている。

「28歳のとき、僕は井沢満先生脚本の『夜に抱かれて』というドラマに出た。冒顔シーンは、借金取りが床に包丁を突き立てる前で僕が土下座するというものだった。それを見た母から突然、電話がかかってきた。
『うちのこと、話したの?』
『話すわけないだろ』
借金取りは、いつの時代もどこでも同じことをしているらしい」

不幸の元凶である父親は、東山が幼いときに離婚したため、彼は父親の顔を知らない。従って、連載第1回の最後は次の一文で締めくくられている。

「幼い僕にとって、この人に捨てられたらもう生きてはいけない、母親は、小さな世界の“すべて”とも言える存在だった」

両親が揃っている“当たり前”の家庭の子弟には、行間を読み取ることがむずかしいくだりかもしれない。

ジャニーズタレントは、かつて在籍した井上純一や、櫻井翔のように、端から見れば何不自由ない恵まれた家庭のボンボンもいれば、この東山や滝沢秀明、かつて在籍した豊川誕のような、両親揃った家庭を知らない子弟も在籍している。しかも死別ではなく、東山のように不幸の生い立ちをこしらえた父親をもつ身にとって、父は慕いたくても慕えない複雑な存在として自らの心に立ちふさがっている。

母を思う気持ちと、父を慕えない疑念や空虚さや悔しさなどが自らの生き様を形成してきた彼にとって、ジャニー喜多川は父親のような存在だったのかもしれない。先輩が、そして一部の後輩が事務所を離れる中で、彼は事務所に残り、今は役員として若いタレント達を束ねる立場になっている。

ホモセクハラなどの問題が発生していながら、所属したタレントは一部を除くとジャニー喜多川を悪くは言わない。自分を売り出してくれたから、というだけではなく、そこには人を惹きつける何かがあるのかもしれない。連載は1年の予定という。筆者は、そんな“東山から見たジャニー喜多川”についての記述に今後注目したい。

2009年01月07日16時27分 / 提供:ツカサネット新聞



ホモセクハラなどの問題が発生していながら、
所属したタレントは一部を除くとジャニー喜多川を悪くは言わない



そりゃそうでしょうね(笑)。

裁判でセクハラの事実認定が確定しても
メディアは全く報道しなかったので
タレントが批判したら、芸能人生終わるでしょう。


芸能人がプライベートの切り売りを始めるのは
かなり切羽詰まっている印象もぬぐえません。

今後の芸能活動に注目したいところです。
[ 2009/01/07] テーマ : ジャニーズ | TB(0) | CM(0)| 編集]

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