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この人物のオモテとウラ 北山たけし(34) サブちゃん最後の弟子(ゲンダイネット) 

2009年02月16日10時00分 / 提供:ゲンダイネット

「実は師匠の娘さんとお付き合いしています」

 都内八王子市で行われた節分会に北島三郎(72)とともに参加し、北島の次女・智子さん(35)と交際宣言した演歌歌手の北山たけし(34)。サブちゃんの付き人を8年経験し04年にデビュー、翌05年からNHKの紅白にも4回連続出場してきた演歌界期待の星だが、今年は歌手として勝負の年になりそうだ。

 00年デビューの氷川きよし(31)と同じ福岡県出身、甘いマスクも似ているが、好きな言葉は“我慢”、特技は付き人時代に鍛えた造園と料理というから意外だ。

 家族を養うため歌手志望を断念し音楽教室を営んでいた父・英気(ひでき)さんが、竹刀片手に4歳から歌と空手を指導。友達と遊ぶ暇もなく母に泣きついても、「我慢せんといけん」と諭された。小学校時代からちびっこのど自慢大会の常連で、19回出場し16回優勝、反抗期には血みどろで父に抵抗したことも。

 しかし高1で「自分には歌しかない」と一念発起、単独上京し北島三郎を訪ね「弟子にしてください」と頼んだが門前払い。一度は大平幸一の名でレコードデビューしたが売れず、九州を転々としながら歌を学んだ。

 5年後の95年、再訪問を受けたサブちゃんは、10日間も粘る北山に「歌手になりたいなら帰れ。オレが好きなら残れ」と言った。それでも念願の内弟子が認められ「きょうからは北島先生が父親だ」と泣いて喜んだのは、あの厳しい父親だった。それからの8年間、歌の稽古はなし。師匠の家の庭の手入れや料理、付き人として礼儀作法や北島の“人間”を学んだ。

 母・正子さんが入院しても、息子を気遣う母の希望で1年間知らされず、父から初めて電話がかかってきたのは99年、母危篤の時だった。死に目には会えなかったが、5年後の04年4月21日、正子さんの命日に「片道切符」でデビュー。演歌歌手デビュー曲としては初登場過去最高順位となるオリコンチャート20位を記録した。その後、日本レコード大賞新人賞や紅白にも出場。

「北島音楽事務所の八王子本社に勤める智子さんとの交際は4年越し、師匠も公認の仲です。北島の長男・龍氏が雅子夫人の後継社長となり、“兄弟子”山本譲二(59)が独立する際にも、2人の結婚説が流れた。師匠の愛娘で、しかも事務所の将来が北山にかかってくる。本人のプレッシャーはズッシリ重い」(芸能記者)

 北山が師匠を“オヤジ”と呼べる日は近い!?

(日刊ゲンダイ2009年2月13日掲載)



次女はどういう顔しているんでしょうね。
三女の水町レイコを見る限り、意外とはっきりした顔立ちなのかな
という妄想をふくらませたりしますけどね・・・。
[ 2009/02/16] テーマ : 気になる芸能人 | TB(0) | CM(0)| 編集]

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